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浦和地方裁判所 昭和49年(行ウ)26号 判決

原告 吉田常雄

補助参加人 松本充八 外三名

被告 平塚勝一

主文

1  被告は、所沢市に対し、金七万七、四三一円及び内金二万一、〇〇〇円に対する昭和四四年一二月八日から、内金四万三、一六五円に対する同年同月一二日から右各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は補助参加によつて生じた分を含め被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  被告は、所沢市に対し、金七万七、四三一円及び内金四万三、一六五円に対する昭和四四年一一月一二日から、内金二万一、〇〇〇円に対する同年一二月八日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  原告は普通地方公共団体である所沢市の住民であり、被告は所沢市長である。

2  所沢市においては、地方公営企業法に基き水道企業を設けて水道事業を行ない、その経理は特別会計としていたが、被告は昭和四二年一一月六日市長に就任するや右水道企業の管理者となり、昭和四九年六月三〇日までその職にあり、訴外高野俊雄は昭和四二年一二月二二日から昭和四九年二月二八日まで同水道企業出納員(水道部長と称されていた。)の職にあつた。

3  所沢市水道企業は、昭和四四年一一月一一日南部浄水場の落成式を行なつたが、その際、招待客のうち株式会社間組ほか一三名から合計三九万八、〇〇〇円の俗に祝い金といわれる金員を受領した。

4  右金員は雑収益としての公金であるから、管理者たる被告は出納員高野俊雄をして収入伝票を起こし、水道企業指定金融機関である三菱銀行所沢支店に遅くとも翌日には預け入れさせなければならなかつた。

5  しかるに、被告及び高野は、意を通じて、右手続をすることなく、高野において右金員を所持保管し、このなかから次の(一)、(二)など合計九万七、一四五円の支出をした。

(一) 昭和四四年一一月一二日、右の落成式にひきつづき所沢市内の料亭「堤新亭」で行なわれた別席招宴の代金である四万三、一六五円の支払い

(二) 昭和四四年一二月八日、水道企業職員一四名を、右南部浄水場の竣工と第七期拡張事業に関し努力したので慰労すると称して、所沢市内の飲食店「三喜」に招き饗応した費用である二万一、〇〇〇円の支払い

6  その後、被告及び高野は、同年一二月一二日右の祝い金の残金三〇万〇、八五五円を埼玉銀行所沢支店に「水道企業出納員高野俊雄」名義で預金したが、次のとおり右預金から市長交際費借入名下に合計二五万六、〇〇〇円を引き出して自己のために費消した。

(一) 昭和四四年一二月二六日、五万六、〇〇〇円

(二) 昭和四五年一月一二日、五万円

(三) 同月二七日、五万円

(四) 同年二月一四日、五万円

(五) 同月二七日、五万円

7  右の5の(一)、(二)、6の(一)ないし(五)の支出は、いずれも所沢市費を違法に費消したものであるから、被告は不法行為に基づく損害賠償として所沢市に対してその損害を賠償する義務があるところ、被告は昭和四六年二月九日、6について二五万六、〇〇〇円の賠償をなしたので、6について損害賠償すべき金額は被告が銀行から引き出し費消してから右賠償のあつた前日である昭和四六年二月八日までの間の年五分の割合による金員、すなわち(一)については三、一四五円、(二)については二、六九一円、(三)については二、五八九円、(四)については二、四六五円、(五)については二、三七六円の合計一万三、二六六円となる。

8  原告は、以上の被告の違法行為につき、昭和四九年九月一八日同市監査委員に対し監査請求をなしたところ、監査委員は、同年一一月一九日原告に対し監査の結論がでない旨の通知をなしたので、原告は地方自治法第二四二条の二第一項に基づき、所沢市に代位して本訴請求に及んだものである。

なお、被告の前記違法行為は遅くとも昭和四五年二月二七日までに行なわれたものであり、監査請求までに一年を経過してしまつたけれども、被告はその違法行為を秘匿し、原告をはじめ市民がその事実を知り得たのは昭和四九年九月になつてからであり、原告はこれを知るや直ちに監査請求を行なつたものであるから、監査請求が当該行為があつた日から一年を経過後なされたことには正当な理由があるというべきである。

9  よつて、被告は所沢市に対し損害金合計金七万七、四三一円及び内四万三、一六五円に対する損害の生じた昭和四四年一一月一二日から、内金二万一、〇〇〇円に対する同じく昭和四四年一二月八日から右各支払済みに至るまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をすべき義務がある。

二  請求原因に対する被告の認否及び被告の主張

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  請求原因3の事実は否認する。

祝い金を受領したのは所沢市水道企業ではなく、水道部長であつた高野である。

3  請求原因4は争う。

祝賀会の挙行に際し、招待客が義礼的に祝い金を持参するのは我が国の避けられない風習であり、その金員の取扱いについては法律、条例、規則等での定めはないのであるから、持参した者の意思を尊重して裁量的に処理されるべきである。このような場合には、祝賀行事の費用として費消してもらうつもりの者も、祝賀行事の費用にあて、その余剰金は寄付として扱つてもよいという意思の者もあるはずであるので、公金としての雑収入に入れてもらいたいとの明確な意思表示がある場合ならともかく、直ちに画一的に公金として取り扱わなければならないとする原告の主張は余りに一方的な慣行無視の主張であつて、誤りである。

4  請求原因5については、高野において祝い金を所持保管し、このなかから(一)、(二)の支出をした事実は争わないが、被告が高野と意を通じていた事実は否認する。

なお、(一)の落成式後の「堤新亭」での会合は通常の接待行為、儀礼的行為の範囲内で、おそらく祝い金を持参した者も含まれていたことも推定されるので、当日の祝い金からこの費用を支出しても何ら違法でない。

5  請求原因6については、高野が原告主張のとおり埼玉銀行所沢支店に預金をしたことは争わないが、被告はこれに何ら関与していない。また、高野が(三)ないし(五)のとおり右預金から金員を引き出したことは認めるが、被告は当時市長交際費が不足したため、高野からその保管にかかる金員をどのような金員であるか知らないまま借りて市長交際費として使用したものであり、のちにその性格が判明したので返済した。そのため、結局被告個人で負担したことになつたもので被告の行為には何ら違法はない。(一)、(二)については被告は関知していない。

なお、祝い金については持参者の意思も尊重せざるをえず、明確な取扱規定はないから、昭和四九年六月、収入として計上されてから公金として取扱うべきもので、それ以前は公金ではなく、祝い金受領者の裁量により保管されていたものとして、予算、決算等の対象とならない金員であつたのである。したがつて、高野において高野企業出納員名義で保管しても、また保管者の裁量で支出しても、それが明確になつているかぎり違法性はない。

仮りに、本件祝い金が当初から公金であつたとしても、被告には損害賠償義務はない。すなわち、一般に市長や管理者の意思決定権の内部委任があつた場合、対外関係においては当該権限は市長や管理者の名をもつて表示されるから、表示名義人が責任を負うべきであるが、内部関係においては、委任の理論を類推して、実質的に権限を行使した受任専決者がその責に任すべきであり、専決規定の存する場合には専決した担当者が損害賠償の責を負うべきで、市長や管理者は賠償義務は負わないと解するのが正当であるところ、地方公営企業法第一三条による事務の代理順序、委任の範囲、職員の職務権限等について規定することを目的とする所沢市水道事業職務権限規定第二条第二号、第八条第五号、第六号によれば、一件五〇万円未満の収入及び支出命令並びに振替に関すること、一件二〇万円未満の予算の流用に関することは水道部長の専決事項とされており、原告が問題にしている支出はすべて右金額以下であるから、これを取り扱つた水道部長の高野についてはともかく、被告が損害賠償を求められる理由はないのである。

6  請求原因7のうち、被告が昭和四六年二月一九日所沢市に対し二五万六、〇〇〇円の返済をしたことは認めるが、その余は争う。

7  請求原因8については、原告主張の日に監査請求がなされたことは認めるが、これが当該行為のあつた日から一年を経過後になされたことに正当な理由があるとする点は争う。

監査請求の期間については、これを極めて短期間に限定している立法趣旨を考慮して天災、地変や請求者の責のない争議行為等の影響により請求が不可能であつた場合等に限定して厳格に解すべきである。とりわけ、原告は一般市民と異なり、所沢市議会議員をながく勤め、同市の財政やその他の事業に監視の目を光らせ活動してきた者であり、祝い金の収入や市の職員の行動について調査できる立場にあつたところ、水道企業には祝い金の一覧表や支出した金員の領収書が保管され、当該金員も銀行に預金されていたのであつて、水道企業担当者に尋ねれば本件事実は知りえたはずであるから、右正当理由があるとするのは疑問である。

8  請求原因9は争う。

三  被告の抗弁

仮りに、被告が原告主張の6の(一)ないし(五)のとおりの金員を引き出し、費消したものとして損害金支払の義務ありとしても、6の(一)ないし(五)の金員は銀行に預金してあつたものであり、引き出さなかつた場合でも銀行の普通預金の利子しか増えなかつたものでありその利率は年五分より低いから、この利率を限度として損害金を算定すべきである。

四  抗弁に対する原告の認否

銀行の普通預金の金利が年五分より低いことは争わない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  まず、本訴提起に至るまでの原告の手続の適法性について判断する。

1  原告の本件監査請求が昭和四九年九月一八日になされたこと及びこれが地方自治法第二四二条第二項所定の一年を経過した後になされたものであることは当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が一年以内に監査請求ができなかつたことには正当な理由があると主張するので、この点を判断する。

原本の存在及びその成立に争いのない甲第九ないし第一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、所沢市長でありかつ同市水道企業管理者であつた被告は、昭和四四年度の決算等においては本件のいわゆる祝い金の額、保管方法、使途等についてはもちろん、これを水道企業が受けとつたこと自体をも市議会に報告しなかつたので、当時は祝い金やこれからの支出について市議会で問題となることもなかつたこと、そして、昭和四九年六月に至つて右祝い金の残額及び銀行預金の利子の合計三三万三、〇八六円を水道企業の雑収益として会計に組み入れたこと、市議会議員である原告は、同年九月の定例市議会において事前に配布された資料である水道部事業試算表中の同年六月三〇日までの雑収益が、通常は二、三万円であるのに、九〇万円余と異常に多額になつていたことから、これに疑問をもつて質問をしたところ、被告らの答弁があいまいであつたため、更に質問をするうち、水道企業が昭和四四年一一月一一日南部浄水場落成式当日に招待客から多額の祝い金を受けとつていながら、昭和四九年六月までこれを会計に計上しなかつた事実が明らかになつたこと、そこで、原告は同年九月一八日監査委員に対し、受けとつた祝い金の総額、計上の遅れた理由、費消の事実の有無を調べて、費消の事実がある場合にはその補填をさせる等の措置を求めて監査請求をしたものであること、なお、原告は右落成式には出席したが、これにひき続いて行なわれた「堤新亭」での宴会には招待されず、出席しなかつたこと、当日水道企業が祝い金を受けとつたことに気づかなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、被告による後記認定の本件予算外支出は当時はごく一部の市の関係者以外には知られておらず、昭和四九年九月になつてはじめて祝い金を受けとつたことが明らかにされたが、原告はその数日後に被告の予算外支出があつたのではないかとの疑念を抱いて監査請求をし、その結果、本件予算外支出の事実が明らかになつたのであつて、原告としてはできうる限りすみやかに監査請求をしたものと認められるから、被告の本件予算外支出の時から一年以内に監査請求ができなかつたことについては正当な理由があるものというべきである。

3  なお、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第一二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告の右監査請求に対し監査委員から昭和四九年一一月一九日公金の範囲等について意見が合致せず、結論が出せなかつた旨の通知が原告になされたことが認められ、原告が同年一二月一七日これを不服として本訴を提起したことは当裁判所に顕著な事実であつて、その余の手続についても違法な点はないから、原告の本訴提起に至るまでの手続は適法なものである。

二  次に、請求原因事実の存否について判断する。

1  請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがなく、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一ないし第九号証及び第一五号証、成立に争いのない乙第一ないし第三号証、証人高野俊雄、同粕谷秀一、同斉藤清、同鈴木望夫の各証言並びに被告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  所沢市水道企業は、昭和四四年一一月一一日南部浄水場の落成式を行ない、これに参加した招待客のうち三二名から合計三九万八、〇〇〇円のいわゆる祝い金を受けとつた。

(二)  水道企業出納員高野俊雄は、右祝い金を管理していたが、右同日落成式のあと午後二、三時ころから所沢市内の料亭「堤新亭」において水道企業が中央官庁の職員、県会議員、県庁職員等約一〇名を招いて催した宴会の代金四万三、一六五円等の落成式関係の費用合計七万六、一四五円を右祝い金から支払つた(高野が「堤新亭」における宴会費四万三、一六五円を支出したことは争いがない)。なお、「堤新亭」への支払は遅くとも同年一二月一二日までになされた。

(三)  次に、高野は、同年一二月八日、第七期拡張工事に関し労をねぎらうため、水道部職員一四名で所沢市内の割烹料理屋「三喜」で夕食をとつたが、その代金二万一、〇〇〇円をも同日右祝い金から支払つた(高野が三喜における費用二万一、〇〇〇円を支出したことは争いがない)。

(四)  高野は、同年一二月一二日、祝い金の残金三〇万〇、八五五円を埼玉銀行所沢支店に「所沢市企業出納員高野俊雄」名義で普通預金をした(このことは争いがない)。

(五)  その後、高野は、右預金から(1)昭和四四年一二月二六日五万六、〇〇〇円、(2)昭和四五年一月一二日、五万円、(3)同月二七日、五万円、(4)同年二月一四日、五万円、(5)同月二七日、五万円をそれぞれ引き出した(このことは争いがない)が、右各金員はいずれも市長の交際費として費消された。

2  原告は、1の(二)ないし(五)はいずれも被告と高野が意を通じて行なつたものである旨主張し、これに対し、被告は、(二)ないし(四)については被告は関与しておらず、(五)については借り入れた金員が水道企業において祝い金として受けとつたものであるとは知らなかつた旨主張するので、これらの点を順次検討する。

(一)  まずはじめに、高野が「堤新亭」での宴会の費用を祝い金から支出したことに、被告の関与があつたか否かを検討する。

この点につき、証人高野は、右費用を支出するに際し、前もつて被告の承認を得た旨証言するに対し、被告は、水道企業が祝い金を受けとつたことを知らなかつた旨供述するけれども、承認をしたことはないと明言はせず、かえつて、「『堤新亭』も『三喜』の会合についても高野は管理者の承認を得てから支出したと述べていますが。」との質問に対し、「『三喜』については知りません。」と答えるなど、「堤新亭」での宴会については承認したことを暗に認めるものと推測される供述をしている。

右の高野、被告の各供述を較べあわせると、被告は「堤新亭」の費用を祝い金から支出することを前もつて承認したものと推認される。

なお、高野は、「堤新亭」への支払を祝い金からすることは宴会が終わつたのちに決め、被告の承認を得てから実際に支払つた旨供述するが、その領収書(乙第一号証)の日付が落成式の翌日である昭和四四年一一月一二日となつており、被告の承認を得る時間的余裕がないとして、高野の右証言は信用性に疑問があるとの見解もありうるけれども、右領収書の日付は他の記入文字がカーボン紙を用いて記入されたものであるのに対し直接ボールペンで書いたものと認められることから別の機会に記入されたものと思われ、右日付は必ずしも実際の支払日を示すものでないことが窺われるから、高野の右証言は右事実により信用性を増しこそすれ、減殺されることはないのである。

(二)  次に、高野が「三喜」での夕食代を祝い金から支出したことについて検討するに、証人高野は被告の承認を得て支出したものである旨証言するのに対し、被告は知らなかつたと供述する。

そこで、両者の右供述の信用性についてみてみる。

高野の証言は、「第七期拡張工事に関係した職員に夕食ぐらい出してやつてくれと市長にお願いしましたが、市長の交際費がないというので、祝い金の中から、市長の承認を得て、慰労の趣旨で夕食を出した。」というもので、その供述内容は相当具体的であり、かつまた、後記(三)で認定する当時被告の交際費が乏しかつた事実と合致する。しかも、高野は、自らもこの支出に関与したのであるから、その目的が正当化される方が自己に有利であるにもかかわらず、第七期拡張工事についての慰労であつて、南部浄水場の落成とは関係がないと明言して、その目的を正当化しようとしない。

これに対し、被告の供述は、後記(三)に関して必ずしも事実をありのまま述べていないと思われる点も存するのである。してみると、高野の証言は十分信用性があるのに対し、被告の供述は信用性が高いとはいいがたいから、高野の証言を採用するのが相当であり、したがつて、高野は被告から右の支出についても承認を得たものと認めるのが相当である。

(三)  次に、高野が祝い金の残金三〇万〇、八五五円を埼玉銀行所沢支店に預金したことにつき、被告の関与があつたか否かを検討する。

この点につき、証人高野は、被告から南部浄水場の落成式に関する決裁を受けた際、被告に右残金を預かつてくれるよういいつけられたが、自分ではこれを保管するのに適当なところがなかつたため、出納員名義で預金するのが安全であると考え、部下に出納員の印鑑を渡して預金させた旨証言し、これに対し被告は、高野に祝い金の残金を預かつてくれといつた記憶がないと供述する。

ところで、証人粕谷の証言によれば、昭和四四年度の所沢市長の交際費は約二〇〇万円であつたが、その残額は同年一二月一日現在一九万二、一一〇円、同月八日現在六万九、四二〇円、同月一五日現在二万六、〇二〇円、同月一六日現在九、〇二〇円、翌四五年一月一六日現在〇円であつたことが認められ、また、証人高野の証言によれば、水道企業管理者としての交際費も昭和四四年度は五万ないし一〇万円程度の少額であつたことが認められる(これらの認定に反する証拠はない。)うえ、前記のとおり、現に高野が右金員を預金した昭和四四年一二月一二日からわずか一四日後の同月二六日の五万六、〇〇〇円をはじめとして翌四五年二月二七日までに五回にわたり合計二五万六、〇〇〇円が引き出され、これらが市長の交際費として費消されており、これが交際費が不足したためであることは被告自ら認めるところである。

してみると、当時被告は市長あるいは水道企業管理者としての交際費に窮していたことが推認されるから、被告にとつては祝い金を保管させておくことは、これにより交際費を捻出することができることとなる利益が存在したというべきである。これに対し、高野については、被告の右利益を離れて、祝い金の残金を預金しておくことが利益となるような格別の事情は認められず、前掲甲第二号証によれば、現実にも右預金から引き出された金員はすべて市長の交際費として使われたのであつて、高野が出納員として、あるいは個人としての用途に費消した事実はない。また、もし、自己の個人的目的に使用する意図があつたならば、直ちに費消するか、あるいは預金をするとしても出納員名義ではなく、個人たる「高野俊雄」等の市や水道企業とかかわりのない名義ですると思われる。

以上の事情をあわせ考えると、高野の右証言は十分信用できるものであり、被告は交際費の不足を補うための金員を準備すべく、高野に対し祝い金の残金を預つておくよういいつけ、そのため高野が銀行にこれを預金したものと認定するのが相当である。

(四)  最後に、銀行預金から引き出されて市長交際費として費消された金員については、前掲甲第三ないし第七号証、証人高野、同粕谷の各証言並びに当事者間に争いのない被告が昭和四六年二月九日に二五万六、〇〇〇円を返済した事実を総合すると、被告は、はじめは粕谷を介して高野に対し、預けてある金員から五万六、〇〇〇円を出してくれるよう求めて、預金からこれを引き出させ、その後も同様の方法あるいは自ら直接高野にいいつけて四回にわたり合計二〇万円を引き出させて、これらをすべて市長交際費にあてたことが認められる。

なお、被告は、(五)の(1)、(2)については知らない、(3)、(5)については交際費が足りないと高野にいつた際、同人から水道部に金があるから出しましようといわれたので出してもらつた、(4)については記憶がはつきりしない旨供述するけれども、右の(3)、(5)についての説明は高野が祝い金の残金を管理していることを知らなかつたことを前提としたもので、前記(三)で認定した事実に反するものであつて、被告の右供述は信用することができない。

三  そこで、被告及び高野の行為の違法性、被告の責任の有無について判断する。

1  被告は、祝い金はこれを持参した者の意思を尊重して処理すべきであるが、持参した者の意思は様々であると思われるから画一的に扱うべきでなく、裁量的に処理すべきであり、収入として計上されるまでは公金として取り扱うべきでないし、また「堤新亭」での会合は通常の接待行為、儀礼的行為の範囲内で、おそらく祝い金を持参した者も含まれていたことも推定されるから、祝い金からその費用を支出しても違法でない旨主張する。

しかしながら、祝い金を持参した者の意思は様々であろうと推測されるとしても、個々について明確にされていない(このことは弁論の全趣旨により認められる。)以上、これに従つてその処理を変えることは不可能であり、少なくとも持参した者が当該金員の所有権を反対給付を求めることなく水道企業に移す意思があることは明らかであるから、祝い金を安易に受領したこと自体に問題はあるとしても、受領したうえは寄付として取り扱うほかはなく、これによれば、その金員は受領した時点から公金となつたというべきである。この理は寄付歳納願等の手続を経なかつたことにより異なることはない。

したがつて、被告及び高野としては、すみやかに雑収益として水道企業の会計に計上すべきであつたのであり、これを行なうことなく、当該金員を適切な会計手続を経ないで支出したのは、公金を予算外で支出したことにほかならず、これが違法であることは明白である。

なお、のちに高野において右祝い金の残金を銀行に預金したが、これが「所沢市企業出納員高野俊雄」名義、職印使用の預金であり、その後高野個人の費消のために引き出された事実が存在しないこと等の諸事情に鑑ると、右預金後もいまだ公金たる性質を失つていなかつたというべきである。

2  また、被告は、本件各予算外支出はすべて水道部長であつた高野の専決事項であつたとして、被告には責任がない旨主張し、確かに本件各支出がこれに該当すると認められるけれども、「堤新亭」と「三喜」に関する支出については、被告は市長であり、かつまた水道企業の管理者であり、水道部長、出納員であつた高野の上司であつて、同人を職務に関し指導、監督すべき立場にあつたのであるから、高野から祝い金からの支出をすることについて承認を求められた際、祝い金を適切に会計に計上するよう命じ、違法支出を阻まなければならなかつたにもかかわらず、かえつて違法支出を承認したのであり、市長交際費への支出については高野に指示して違法支出をなさせたものである以上、自らもその責任を負わなければならないのは自明の理で、この点に関する被告の各主張は理由がない。

3  結局、被告は、市長、水道企業管理者として、祝い金から予算等の適正な会計手続をふむことなく支出をすることが違法であることを十分知悉していたか少なくとも知悉していなければならなかつたものであるから、故意少なくとも重大な過失により所沢市に対し違法行為をなし、その結果後記の損害を蒙らせたこととなる。

四  損害に関する被告の主張につき判断する。

1  被告は、本件市長交際費の支出につき、被告が責任を負うとしても、その遅延損害金は年五分ではなく、これより低い銀行の普通預金の金利分にすぎない旨主張し、右預金金利が年五分より低いことは原告も争わないけれども、もし被告らにおいて適法な行為をとつていたならば、祝い金として受領した金員は所沢市水道企業の指定金融機関である三菱銀行所沢支店に預金されたはずであつて、これにより右金員は補正予算等の会計手続を経れば公金として適正に使用されうることになつたにもかかわらず、被告らの違法行為によりこれが不可能となつたものであるから、遅延損害金を普通銀行預金の利子率にとどめなければならないということはできない。したがつて、一般原則により民法所定年五分の金員をもつて遅延損害金とするのが相当である。

2  被告が昭和四六年二月九日所沢市に対し市長交際費として費消した二五万六、〇〇〇円を返済したことは当事者間に争いがない。

3  そこで、被告らの違法行為により所沢市が蒙つた損害は、本件各違法支出行為によりなんらかの当然支出すべきものを免れ、あるいは利益を得たといつた事情も存しないので、「堤新亭」に支払つた四万三、一六五円及びこれに対する損害の生じた昭和四四年一二月一二日(原告は損害発生の日を領収証(乙第一号証)の領収の日である昭和四四年一一月一二日とするが、右領収の日に支払われたものであることは疑問であることは前記のとおりであり、また、他に現に支払われた日を確定する証拠もないので、遅くとも祝い金の残額が高野俊雄によつて預金された昭和四四年一二月一二日以前に支払われたものとして同日をもつて損害発生の日と認めるほかはない)から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合の遅延損害金、「三喜」に支払つた二万一、〇〇〇円及びこれに対する損害の生じた同月八日(右金員が現実に支払われた日)から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに市長交際費に費消された二五万六、〇〇〇円についてそれぞれ損害の発生した日から右返済日の前日である昭和四六年二月八日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金、すなわち二1(五)の(1)については三、一四五円、(2)については二、六九一円、(3)については二、五八九円、(4)については二、四六五円、(5)については二、三七六円の合計一万三、二六六円である。

五  以上のとおりであるから、原告が被告に対し、所沢市に対し支払うように求める本訴請求は四3で示した金員の限度では理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小池二八 小圷真史 片山俊雄)

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